大野将平の家族構成は?兄弟で柔道家!生い立ちや経歴も凄すぎる

2016年リオデジャネイロオリンピックで金メダルを獲得してから知名度がアップした柔道の大野将平選手。

大野将平選手は7歳の頃から柔道をしていますが、そのきっかけに家族が大きく関わっていると言われています。

今回の記事では

  • 大野将平の家族(父親・母親・兄)の近況や職業などの情報
  • 大野将平の柔道を始めたきっかけ!
  • 大野将平の得意技「内股」の誕生秘話
  • 大野将平の生い立ちや経歴

についてまとめています。

【大野将平の家族構成】4人家族だった!

大野将平
出典元:ヤフー

早速ですが、大野将平選手は4人家族です。

  • 母:文子
  • 兄:哲也
  • 大野将平

では、それぞれ調査していきましょう。

【大野将平の家族構成】父とのエピソード

大野将平
出典元:ヤフー

大野将平選手のお父さんの名前や詳細情報は一切公開されていません。

ですが、健在されていることは確かのようです。

大野将平選手には兄がおり、柔道がとても強かったため東京の名門道場「講道学舎」に入門していました。

そんな兄に憧れていた大野将平選手も、兄と同じ道場に通いたいとお父さんに申し出たそうです。

当時のことを小学校の先生は以下のように語っておられます。

しかし、ご両親賛成はせず、体重がも
う10㎏大きくなったら試験を受けてもい
と話されました。

引用元:楽たま通信

「ご両親」と書かれているので、お父さんは健在ということがわかります。

両親の「10㎏体が大きくなったら」という言葉を受けた大野将平選手は1日4食にし、見事10㎏体重を増やすことに成功。

無事、名門道場に入門することができたと言います。

小学校時代の大野将平選手は今と似つかないくらい体が小さかったそうです。

両親はそんな大野将平選手を心配しての言葉だったのでしょうね。

【大野将平の家族構成】母:文子は書道の先生だった!

大野将平
出典元:ヤフー

大野将平選手の母・文子さんは書道の先生をしています。

地元で書道教室をしていたとのことなので、大野将平選手の出身小学校の子供たちも沢山通っているそうですよ!

母とのエピソード①上京に反対だった

先ほど、大野将平選手が名門道場に入る条件についてご紹介しましたが、母の文子さんも体格が小さい大野将平選手を心配して上京することを反対していました。

文子さんの当時の率直な気持ちを大野将平選手の母校である小学校の先生が以下のように語っています。

「将平は本当にここまでに
なるとは思いもしなかった、東京にも行っ
てほしくなかったが、最終的には本人の意
思に任せてきた。
今でも家に帰ってくると、
昔と同じような我がままな子供

引用元:

文子さんはまさか大野将平選手がここまで強くなるとは思っていなかったようですね。

母とのエピソード②母の言葉が心の支えに

両親の予想通り、講道学舎に入門した大野将平選手は、練習が辛くて毎日泣いていたそう。

「辞めたい」と何度も思ったそうなのですが、大野将平選手が入門する際の文子さんの言葉

「行ってもどうせ辞めて帰ってくる」

という言葉に負けたくなくて耐えたそうです。

また、入門試験で10人中8番手

この時の文子さんの言葉が

「1年で1人ずつ抜いていきなさい」

大野将平選手はこの言葉通りに実行し、最終的に学年1位になったといいます。

男の子はやはりお母さんの言葉が一番響くということなのでしょうね!

この言葉がなければ今の大野将平選手はいないかもしれません。

【大野将平の家族構成】兄:哲也さんも元柔道選手で現在は警察官!

大野将平
出典元:ヤフー

大野将平選手の憧れの兄・哲也さん。

大野将平選手より2歳年上で、元柔道選手でしたが現在は地元で警察官をされています。

エピソード①上京は兄・哲也の影響!?

大野将平選手より先に講道学舎に入門していた哲也さん。

大野哲也
出典元:ヤフー

それがきっかけで大野将平選手も柔道の道を歩むことになりました。

哲也さんは小学校の頃から柔道の全国大会で上位レベルにいく選手でした。

講道学舎にはスカウトされて入門したといい、大学も柔道の強豪校「天理大学」に進学。

かなりの実力者だったようですね!

そんな哲也さんを小さい頃から追いかけてきた大野将平選手は

「自分も兄と同じ道を辿って東京に行けば強くなれる」

と思っていたそうです。

いざ入門したものの哲也さんと実力は雲泥の差。

6年間はずっと「大野の弟」という呼ばれ方で、悔しいという気持ちと根性だけで乗り切ったとのこと。

その後は、大野将平選手も哲也さんと同じ天理大学に進学。

何から何まで一緒の道を辿るなんて、本当に大野将平選手にとって哲也さんは大きな存在だったのでしょう。

エピソード②得意技は兄:哲也が指導

大野将平選手の得意技と言えば「内股」です。

何と、この得意技は哲也さんが伝授したというのです。

実は哲也さんも内股が得意で、その技を大野将平選手に指導したことによって大野将平選手も内股が得意になったということですね!

その得意技で数々の経歴を残している大野将平選手。

哲也さんが伝授したからこそ、強くなったと言っても過言ではないと思います。

大野将平のプロフィール!生い立ちや経歴がすごかった!

大野将平
出典元:ヤフー

では、大野将平選手のプロフィールや生い立ち、経歴などを調査していきます。

プロフィール

大野将平
出典元:ヤフー
  • 名前:大野将平(おおの しょうへい)
  • 生年月日:1992年2月3日
  • 年齢:29歳
  • 出身地:山口県山口市
  • 身長:170㎝
  • 体重:73㎏
  • 血液型:O型
  • 得意技:大外刈、内股
  • 段位:4段
  • 所属:旭化成

幼少期&経歴

大野将平と大野哲也
出典元:産経ニュース

・兄が先に柔道を開始

・親戚のおじさんが道場の先生で、大野将平選手もよく遊びに行っていた

大野将平選手は山口県山口市で生まれます。

7歳の時に松美柔道スポーツ少年団で柔道を始めました。

元々、柔道に興味があった訳ではないのですが、おじさんが道場の先生ということと哲也さんが柔道をしていたことがきっかけで柔道の道へ進むことに。

そんな大野将平選手が8歳の頃に見たシドニーオリンピックで感銘を受け

「いつかオリンピックで金メダルを獲りたい」

と思うようになったとか。

8歳で「金メダルを獲りたい」という夢ができるなんてすごくないですか!?

その夢に向かって中学進学後は両親の反対を受けながらも哲也さんと同じ講堂学舎に入門しました。

中学校~高校&経歴

まずは経歴をまとめました。

・中学校2年生:近代柔道杯5位

・中学3年生:東京都大会準優勝

・中学3年生:全国中学校柔道大会(団体戦)5位

・中学3年生:マルちゃん杯(団体戦)5位

・高校2年生:インターハイ73㎏級(個人戦)優勝

上京した大野将平選手は、講堂学舎で厳しい練習を始めます。

「兄と一緒のように強くなれる」と楽観的な気持ちで入ったため、講堂学舎で練習をしていた時期は辛い思い出しかないとのこと。

しかし、そんな厳しい練習を耐えた大野将平選手は中学2年生になった辺りから才能を開花させていきます。

一切妥協せず常に真剣勝負を挑む姿勢は今と全く変わっていないですよね!

東京都大会では惜しくも優勝を逃しますが、成果がおおいに実感できたのではないかなと思います。

そして、世田谷学園高校へ進学。

2年生の時には、インターハイで優勝してのですが、その後初めての挫折を経験することに。

3年生になった大野将平選手はケガに悩まされてしまうのです。

そして、3年生時の東京都大会決勝で敗れ、インターハイに出場することができませんでした。

そんな挫折を経験したからこそ、大学に進学した大野将平選手は一気に強くなるのです!

大学時代&経歴

大野将平
出典元:ヤフー

まずは、経歴から。

・大学2年生:全日本ジュニア優勝

・大学2年生:世界ジュニア優勝

・大学2年生:ヨーロッパオープン・オーバーヴァルト優勝

・大学3年生:講道館杯優勝

・大学3年生:グランドスラム東京大会優勝

・大学4年生:世界選手権優勝

哲也さんと同じ柔道の名門「天理大学」へ進学。

そこで運命の出会いが訪れます。

その人は当時全日本代表チームの監督だった大学の先輩でもある篠原信一監督です。

篠原監督は大野将平選手の才能に惚れ込み、特例ジュニアからシニアの強化指定選手に引き上げ、シニア合宿に参加できるようになりました。

合宿に参加できた成果もあり、大学2年生から破竹の勢いを見せるようになります。

経歴を見て頂ければわかるように高校時代とは全く違った結果になっていますよね。

すごい経歴を叩き出した大学時代でしたが、3年生の時に上級生による下級生への暴力問題が起きてしまいます。

大野将平選手が関わっていたのかはわかっていませんが、結果、30日の停学処分・全柔連の強化指定選手解除の処分を受けてしまいました。

また、当時天理大学主将をしていたのですが、それも解かれます

そのため引退も考えたそうです。

しかし、大学4年生の時に世界選手権代表に選出・出場することになりオール1本勝ちで優勝

すごい記録を叩き出すことになったのです。

現在&経歴

大野将平
出典元:ヤフー

まずは、経歴から。

・2015年:世界選手権優勝

・2016年:柔道グランプリ・デュッセルドルフ優勝

・2016年:リオデジャネイロオリンピック金メダル

2016年に行われたリオデジャネイロオリンピックで当時監督を務めていた井上康生監督から

「7人の中で一番金メダルに近い男」

と言われていた大野将平選手。

その言葉はプレッシャーとなると同時に「やるしかない」と自分に言い聞かせ力に変えました。

結果、金メダルを獲得することになります。

子供の頃からの夢がここで叶うことになったのです。

幼少期から様々な困難や挫折を繰り返してきた結果の現在の姿は本当に勇気を与えてくれますよね!

大野将平選手のメンタル強さならどんな状況でも簡単に打破してくれそうです!

大野将平に関する世間の声

大野将平
出典元:柔道サイト

では、大野将平選手に関する世間の声を聞いてみましょう。

男の中の男!というイメージで皆さん、感銘を受けている方が多いようですね!

本当にかっこいいです!

大野将平の家族構成まとめ

今回は大野将平選手の家族についてまとめてみました。

家族一丸をなって支えた結果、現在の大野将平選手がいるということが明確にわかりましたね!

まだまだ快進撃が期待できる大野将平選手。

今後の活躍がとても楽しみです!